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ブログ:東南アジア森林火災と気候変動の高まる脅威が、公衆衛生を悪化させる理由(2022/3/22)

「森林と金融」アナリスト アレックス・ヘラン

(本記事は香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」に3月7日に寄稿したものです)

●インドネシア紙パルプ大手企業が生産能力の拡大を計画している。一方で高温で乾燥した天候が続き、煙害(ヘイズ)を引き起こす森林火災発生のリスクが高まると考えられている。

●これにより、新型コロナウイルスなど呼吸器系疾患の健康被害が大幅に悪化することが予想される。

東南アジアにおける新型コロナウイルスの感染拡大で、数少ない幸運だったといえる点は、初期の感染拡大が深刻な火災およびヘイズ発生と同時期に起きなかったことだ。そしてラニーニャ現象と呼ばれ、雨が多く気温の低い気候パターンが過去数年にわたって火災の発生を抑えてきたこともある。

しかし、この状況は変わりつつあるようだ。2022年、気象学者はエルニーニョ現象と呼ばれる、高温かつ乾燥した火災が発生しやすい気候が再び訪れると予測している。この気候パターンは気候変動の影響で頻度と深刻さが増している。

もしも新型コロナウイルスが、2015年や2019年のようなエルニーニョ現象による最悪の火災が起きた年に流行していたら(インドネシアやシンガポール、マレーシアの所々で数千万人が煙害の被害を受けた)、死者数ははるかに多かったことだろう。

森林火災の結果生じるヘイズのような大気汚染にさらされると、新型コロナウイルスによる健康への影響は大幅に悪化する。

新型コロナウイルスが世界中に拡大していることは明らかで、そのためには大気汚染、特に微小な粒子状物質への対策を取ることで、新型コロナや他の呼吸器系疾患への感受性を低下させることが公衆衛生上の優先事項となる。インドネシアのスマトラ島で計画されている2カ所の巨大紙パルプ工場の拡大が、インドネシアと近隣諸国に対して警鐘を鳴らすべき理由がここにある。

インドネシアで最大の火災面積は、APP社(アジア・パルプ・アンド・ペーパー)とエイプリル社(APRIL:アジア・パシフィック・リソース・インターナショナル)が管理する広大なパルプ材植林地で発生している。地理空間衛星の分析によると、2015年から2019年に両社の植林地では毎年のように火災が起き、総延焼面積は約25万ヘクタールだったことが明らかになっている。この面積はシンガポール国土の3.5倍以上に相当する。

火災は大気の質に深刻な影響を与えている。エイプリル社とAPP社がパルプ事業の拠点とするリアウ州と南スマトラ州(訳註:ともにスマトラ島)では、同地域の住民の寿命が、世界保健機関の大気汚染の安全ガイドラインを満たす地域の住民に比べて最大で6年も短いと予測されている。

さらに、両社の植林地はマラッカ海峡のインドネシア側に位置しているため、火災による風がシンガポールやマレーシア半島に有害な煙霧(ヘイズ)をもたらしている。

火災が発生してヘイズが広がるたびに、メディアや政治家はすぐに「焼畑農業」を行っている小規模農家を批判する。しかし、もっと重要なのは「太古の熱帯林の国であるインドネシアを、誰が火薬庫に変えてしまったか?」という問いである。

その答えは、インドネシアの泥炭地の悲運にある。泥炭地は数百万年かけて堆積した炭素を多く含む湿地帯で、農地の開墾のために排水路が掘られ、土壌が乾燥すると、非常に燃えやすくなる(若い石炭のようなもの)。泥炭地火災は実は地中で起こり、いつの間にか広がって消火が困難となる。また、大気汚染の原因ともなる粒子状物質を大量に放出する。

APP社とエイプリル社に木材を供給する企業は、88万7千ヘクタールの泥炭地を開墾して排水し、植林を行ってきた。これらの泥炭地は紙やティッシュペーパー、ビスコースレーヨンなどの生産に必要な木質繊維を供給する一方で、この地域が直面する重大な火災の危険性をも作り出している。

この環境危機は、経済にも大きな打撃を与えている。2015年の火災による損失と損害は、インドネシアで160億米ドル、シンガポールで14億米ドルにのぼると推定されている。

両社がもたらした負の影響は明らかである。エイプリル社はこれまで12件の民事制裁を受け、一部の地域では3年間の事業停止処分を受けている。2020年には、泥炭地火災によって別の制裁を受けたことも発表した。シンガポール政府は、2015年に同国で煙害を引き起こした疑いのあるAPP社のパルプ材供給企業4社を「越境ヘイズ汚染法」に基づいて調査していることを正式に発表した。

このように惨憺たる健康・環境状況にもかかわらず、APP社とエイプリル社は、それぞれ150%と55%の生産能力拡大を計画している。これは燃焼しやすい泥炭地での開墾増大を意味し、火災リスクを高めることになる。さらに悪いことに、気候変動によってエルニーニョ現象の頻度と深刻さも増している。

出資金は莫大だ。両社工場の生産能力拡大が進む場合、火災やヘイズがさらに悪化する可能性が高い。しかし、工場の拡大は避けられない結末ではない。つまり何十億ドルもの資金調達を必要とするからだ。銀行は災害の前兆を見て取り、両社への資金提供を拒否するべきなのだ。

 

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